さて、帰宅したので、ばんばん欠落箇所を補っていきますよ。
*今日のネックは三江線。なにせ江津から三次まで行く列車は6:02、15:08、16:26の3本しか無いのだ。出雲市で泊まっているので当然6:02には乗れない、ということで15:08に乗ることになる。しかしそうなると出雲市から江津までの間のどこかで時間を潰さなくてはならない。どうしようかと地図帳を眺めていると……、石見銀山があるじゃん。これだな。
*ということでまずは9:46の快速で出雲市から仁万へ。2両編成のワンマン運転。車内や駅での電光掲示によれば「ワンマン運転」というのは英語では「conductorless train」というらしい。そんな表示は山陰地区に入ってから初めて見たような気がする。他の地域では英語ではどういう表記がされていたっけな、と考えるが思い出せない。というかワンマン運転してるような路線で英語表記の電光表示があるところは多分無かったと思う。しかし少なくとも富良野線と函館本線の一部区間では英語での案内放送はあった筈だが、「ワンマン」をどのように表現していたかはちょっと思い出せない。
*そしてワンマン運転なのに、西出雲(無人駅)で降りる際に'''学割証を提示して学割での精算を求める奴'''がいる。普通のことなのかこれ? 普通は事前に買っておくものなんじゃないかなと思うが、しかし近隣に有人駅が無いと当然買えないだろうし…。謎。
*天候は雨が降ったり止んだり。相変わらず日本海は機嫌が悪い。
*仁万からは石見銀山までバス。仁万の駅員はこの切符に興味を示したが、バスへの乗り継ぎ時間が僅かしか無く、語っている暇は無かった。
*バスの車窓から「仁万サンドミュージアム」が見える。現物を見るまですっかり忘れていたが、ここは確か“世界最大の砂時計”とやらがあるのではなかったか。できれば帰りに寄ろう。
*石見銀山は、鉱山そのものだけでなく周辺の集落などを含めた全体が「石見銀山遺跡とその周辺の文化的景観」(だったかな? 正確な名称じゃないかもしれないけどたぶんそんな感じ)として世界遺産に指定されている。ということでバスはその集落を縦断し、一番奥にある「世界遺産センター」で終点となる。土曜日ということで十数名は客が乗っていたが、全員途中の集落内のバス停等で降りてしまい、終点まで乗ったのは私だけであった。
*世界遺産センター、というのは最近できた新しい施設らしい。たぶん、世界遺産に指定されて観光客がたくさん来るようになったから、こういった拠点施設も作れるようになったのだろうw 鎌倉がそんなことにならないよう祈るばかりである。ともあれ中は博物館のようになっているのでとりあえず入ってみる(雨だし)。
*来るまで知らなかったのだが(←こればっかりだな)、石見銀山はただ銀鉱が採れたというだけではなく、鉱石から銀を精錬するところまで自前でやっていたのだという(灰吹法という技術だそうだ)。江戸時代には日本の銀が世界へ輸出されていったが、その銀の多くは石見のものであったという。中世ヨーロッパの頃に作られた世界地図に、はっきりと銀山の存在を示す記述があったというから凄いものだ。こういった“欧米人の視点から見ても“客観的”と言える史料”があればこその世界遺産指定なのかも知れないがw
*数十分ほどで展示を全て見終えてもやはり雨である。とりあえず仁万に戻るバスの時刻までバス路線沿い≒集落沿いに歩いてみる。銀の採掘は既に明治期に終了しているため、それ以降世界遺産指定までの間は、本来はきっと山深い静かな集落だったのだろうが、現在はすっかり観光地化されてしまっている。白川郷もそんな感じだったなと思い出す。集落や住居がそういったものに指定されてしまうと大変だな。
*飲食店(蕎麦屋など)も多数あるが、ちょうど昼時で混んでおり、迂闊に入ってしまうとバスに間に合わなくなる惧れがある。――と、菓子パンを“石見銀山名物”と称して販売している店があった。客はおらず、店の前には座ってパンを食べられるようにと椅子が設えられている。ちょっとパンでも食べるか。
*ここの名物のパンは「丁銀パン」というもので、――いや、これは詳しくは当該記事でw
*仁万へのバスに乗ったのは私を含め3名(全員観光客)。1日5本しか無く、いくつかの集落を繋いで走っているバスなのに、途中停留所での乗降は全く無い。やはりここも(ry
*仁万駅に着くと大雨である。駅からサンドミュージアムまでは歩いて数分ほどであるように思われたが、ちょっとこの大雨では躊躇してしまう。しかしここまで来ておきながら行かないのも勿体無いが……とか暫く迷っているうちに雨が小降りになったので行くことにする。(まあ戻るときに再度大雨に見舞われてしまったのだが。)
*サンドミュージアムも観光客の入りは案外良かった。
何故傍らのポプラが潰れてしまっていたのかちょっと不思議なほどである。*砂時計は大きい。とにかく大きい。見上げても何が何だかよくわからない。10分の1サイズの模型も展示されていたが、これまた大きい。私の身長の何倍あるだろう?
*他にも「砂」や「時計」にまつわる展示が多く、大変楽しめた。たぶん石見銀山世界遺産センターよりもこっちのほうが面白かったと思う。列車までの時間があまり無かったため、3分の2くらいしか満足に見学する時間が無かったのは残念である。いつか再訪せねば。
*ところで、ここではちょうど企画展として“様々な時間を表現した砂時計”が展示されており、そのなかに、ジョン・ケージの『4分33秒』に因んだ、4分33秒間が測れる砂時計があった。それは良いのだが、その傍らに掲示されていた『4分33秒』の楽曲の説明文がちょっと妙である。「冗談のような話ですがJASRACは著作料の徴収対象にしている」という一文があるのだ。ひとつの文のなかで「だ・である調」と「です・ます調」が混在しているのも妙だが、しかしそんなことではない。――これ、アンサイのネタじゃないの?w 同じ掲示に使われていたケージの画像がWikipedia由来のものであることを鑑みても、どうもこれは、ネット上から適当に拾ってきた文章っぽい。
*その後あれこれと検索してみる。「4分33秒 JASRAC」でググるとアンサイクロペディアの[[4分33秒]]の記事がトップに来ることに笑いつつも、出典らしきサイトを発見。これ→http://s04.megalodon.jp/2008-1210-1728-51/www.livingworld.net/works/john-cage/lang-pref/ja/ っていうか、このサイトで販売されている6種類の砂時計を全部買って、説明文も全部このサイトの文章をそのまま転載してパネルにした展示だったのだな、とわかる。……協力企業名が記されていたかどうか記憶に無いなあ。これもしかして無断でやってたらちょっとした問題なんじゃないかなあw まあでも、証拠があるわけじゃないし、問題にしたからといって別に何か得があるわけでもないので、いまここにこうしてネタとして取り上げるだけに留めておく。
*仁万から快速で江津へ、江津からは三江線へ。仁万駅には売店が無く、江津では買い物をするような時間的余裕が無かったため、食糧無しでここから三次までの3時間半を過ごすことになる。なんだか昨日あったような展開だが、今日はさっきパンを3つほど食べているので昨日よりもマシであると言えよう。
*列車は江の川(ごうのがわ、何故か変換できない)沿いにひたすら山奥へと上がってゆく。江津では十数名いた乗客は、駅に停まる都度少しずつ増減しながらしかし段々と減ってゆき、浜原以降では私のほかには2名のみとなった。江津から乗っていた、日本人男性と白人金髪の女性のカップルで、いかにも旅行者然としている。ここから先は三次まで大きな都市は無いから、たぶん三次まで行くのだろう。
*――とか思ってたら、ちょ、石見都賀で2人とも降りましたよ?? 周囲は既に真っ暗で僅かに家々の明かりが見えるのみ。泊まる所とかあるんかいな??? 切符を運転士に渡していたから、始めからここで降りる予定だったと思われるが、しかし一体ここに何があるのだろう? それとも、実は2人とも地元住民で、“石見都賀に旅行に来た”のではなく“石見都賀に帰ってきた”のだろうか?
*ともかく石見都賀以降は乗客は私のみとなった。宇都井は地上30メートルの高架橋上にホームがある妙な駅舎として知られているが、やはり暗くて見えず。ここでの途中下車も一度は検討したのだが、さすがに9時間も暇を潰せるかどうかわからなかったので見送り。三次から列車で来て宇都井からまた三次に戻る、というふうにすれば2時間待ちくらいで済むらしいので、ここもいつか再訪せねばなるまい。
*途中で1名乗車し、三次到着時点での乗客は私を含め2名。三次駅では何故か三江線のホームだけが他の路線のホームとは離れたところに設置されている不思議。あとから開通したからかな。有人駅の筈で駅事務室にも明かりが点いていたが何故か駅員は見当たらず。正当な途中下車であり精算の必要なども無いのでそのまま降りることにする。途中下車印は明朝貰おう。
*三次泊。ここは客室にラジオが備え付けられており、NHK-FMが聴けたのが嬉しい。テレビは要らないから、どのホテルもラジオを備えておいてくれないかな(って既にどこかに書いた気がするけど)。